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アクティビティ報告

熱海ライオンズクラブ

1969年7月6日
大韓民国仁川ライオンズクラブと姉妹交友クラブを締結
1975年4月
仁川ライオンズクラブCN15周年に仁川自由公園に熱海桜を記念植樹
1985年4月
仁川ライオンズクラブCN25周年に仁川自由公園の記念塔に大時計を寄贈

今も、両クラブの交友の証として毎年4月の例会訪問を続ける事39年。贈った記念塔・熱海桜を両クラブのメンバーが共に鑑賞しながら今後の世界平和に役立つ両クラブのアクティビティを話しながら、益々その交流の度合いを深めています。

45周年記念アクティビティ「献眼者慰霊祭」が開催される

伊東ライオンズクラブ

伊東ライオンズクラブでは3月25日、45周年記念アクティビティの一環として「献眼者慰霊祭」を行った。
当日は小雨の中、遺族代表、クラブ地区役員、伊東クラブメンバーら約40名が参列をした。40周年までの93名に加え、この5年間に献眼された10名の名前を追記した芳名帳を献眼碑に納めた。続いて、地元仏教会会長の赤堀興斉・源光院住職による読経の中、献眼碑に献花が行われ、白井隆実行委員長の挨拶で式を終えた。式典終了後、45周年記念アクティビティで制服を寄贈した伊東少年少女合唱団が、制服のお披露目も兼ねて合唱を披露してくれました。顕彰碑は40周年記念アクティビティで製作したブロンズ像で「愛の献眼顕彰碑」と名付けられた、地元彫刻家重岡健治氏の作によるものです。伊東市の松川湖畔に建立されていますので、お近くにお越しの折には是非お立ち寄り下さい。

45年を振り返って

下田ライオンズクラブ

下田LCは1962年に熱海LCのスポンサーより晴れて国際協会の一員として承認され、本年45周年の節目を迎える事が出来ました。
ここに謹んで支えてくださったすべての方々に深く感謝申し上げる次第です。今日までに4つの子クラブの誕生をみ、孫クラブ、2姉妹クラブと共に親交を深めております。クラブ内では地域の現状を考察し、多くのアクティビティや寄贈・贈呈をさせていただきました。中でも各周年の節目に寄贈した「時計塔」をご紹介させていただきます。15周年に下田駅前広場へ時計塔を設置(35周年に立替)し、25周年には下田市敷根健康広場へ時計塔を設置いたしました。この事業は地域住民及び行政より熱望され、現在でも多くの方々に親しまれライオニズムの精神が日々の瞬間を刻んでおります…。

三島水辺の文学碑

三島ライオンズクラブ

1994年3月に当クラブのチャーターナイト30周年記念事業として、どの様なアクティビティを実施するか、L川村を中心とする委員会が設立され、
地元の日大教授で文学博士である藤岡武雄氏に協力して頂きました。三島は富士山からの地下水が湧水となって流れ、その美しい清流が人の心の豊かさを育てて来ました。私達の町は昔から多くの文人により多彩な文芸作品が描かれています。
それ故に市の協力を得て文学碑建立を決定しました。名称は「三島水辺の文学碑」と名付け、設置は湧水が一番多い桜川沿いの舗道を選びました。現在13年に渡り11基の石碑が並び、正岡子規から始まり三島出身の大岡信氏の作品も有ります。毎年10月にはメンバー全員で石碑の清掃をしてきれいにしております。三島にお越しになりましたら、ぜひ駅の近くですので散策をお薦め致します。

かつらぎ山ハイキングコースを整備

伊豆長岡ライオンズクラブ

伊豆の国市・伊豆長岡ライオンズクラブ(大沢秀光会長)はこのほど、かつらぎ山ハイキングコース登山道の整備を行った。
会員30名は、ハイキングコースを補修し、新たに約100段の階段を造った。
 伊豆長岡ライオンズクラブは1998年から2000年にかけ、発端丈ハイキング登山道の山頂までの約500m間に階段を設置した。
2001年からは、かつらぎ山登山道への階段設置を開始。山頂から下るコース約1km間に650段ほどの階段を造ろうと取り組んでいる。 今後も10月のライオンズクラブ統一奉仕月間に合わせ、毎年実施する予定です。

献眼慰霊祭

天城湯ヶ島ライオンズクラブ


私たち天城湯ヶ島ライオンズクラブ(会員32名)は毎年10月に角膜提供された遺族を招き、献眼慰霊祭を開催しております。
 1998年6月角膜を提供された方々の霊に感謝すると共に、献眼に対する地域の皆様の理解を深めていただく為に、伊豆市天城湯ヶ島支所敷地内に自然石を使いメンバーの労働奉仕により献眼慰霊碑を建立し、以来9回目を本年も10月25日開催いたしました。 当日は、献眼碑の前で参加者全員の黙祷の後、読経を唱えていただき、遺族の方を先頭に、ライオンズメンバーの焼香が行われました。
 チャーターナイトより16年、献眼者20名の御芳名が献眼碑に刻まれております。

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